第1章:$dx$ とは何か —— ベクトルを食べる測定器、あるいは横ベクトル
§1.0 数学者の1次元、物理学者の1次元
高校で $\int f(x) dx$ という1次元の積分を習ったとき、教科書の記述では「$x$ 軸という1本の線」が置かれる。数学の教科書としてはそれが自然だ。数学者は1次元空間 $\mathbb{R}^1$ という自己完結した抽象世界を仮定し、その上で論理を積み上げる。点は実数 $x$、変位は実数 $\Delta x$、積分は「関数×微小幅」の極限として定義される。すべてが完結している。
しかし、我々は物理学者である。
注(筆者は物理学者ではない)
もちろんこれはレトリック(修辞法)である。筆者の学位は物理学ではなく化学であり、現在アカデミアの中にいるわけでもない。
ここで言いたいのは、本書の見方が、情報系の読者にも、機械系や電子系の読者にも、その他の理工系の読者にも、あるいは単にベクトル解析や微積分の記法で迷子になった読者にも、役に立つ可能性があるということだ。
「物理学者」は所属ではなく、物理数学的なものの見方のことである。数学者や数学書を下げる意図もない。
それでも少し大げさに書いたのは、単に言ってみたかったからである。
我々が扱う現実の物理空間は、常に3次元だ。質点が直線上を運動しているように見えても、それは「架空の1次元空間」にいるのではなく、「3次元空間 $\mathbb{R}^3$ の中で、たまたま $y$ 方向と $z$ 方向への変位が観測されない(あるいは無視できる)断面」を見ているに過ぎない。
例えば、摩擦のない直線レール上を滑る台車を考えよう。我々は「これは $x$ 軸方向の1次元運動だ」と言うが、実際には:
- レールは3次元空間内に設置されている。
- 台車は微小に上下に揺れているかもしれない。
- 空気抵抗による横方向の微小変動もある。
物理学者の「1次元運動」とは、3次元空間内で特定の方向への変位が支配的であり、他の方向の変位が無視できるほど小さいか、系の対称性によって厳密にゼロに拘束されている状況を指す。
注(埋め込みという見方)
ここでいう「物理学者の1次元」とは、1次元のパラメータ空間を、3次元空間の中の曲線として写し込んで見る、という意味である。数学では、このような写像をまず曲線のパラメータ表示として扱い、自己交差がなく、速度が消えないなどの条件がよい場合には、埋め込みと呼ぶ。
本書は、抽象的な1次元空間そのものを否定しているわけではない。ここではむしろ、物理数学でしばしば現れる「空間内の曲線に沿った運動」を、まずは3次元空間への写し込みとして捉えている。
したがって、物理学者が「1次元の微小変位」と呼ぶものの真の姿は、単なるスカラー $\Delta x$ ではなく、次のような縦ベクトル(列ベクトル)で表すのがふさわしい:
$$ \mathbf{v} := \begin{pmatrix} \Delta x \\ 0 \\ 0 \end{pmatrix} $$注(標準的でない呼び方)
本書全体を通して縦ベクトル・横ベクトルという言い方をする(縦が列、横が行、と対応させて読んでほしい)。筆者は行と列という語の区別が苦手だからだ。
我々はこのように、3次元空間内の一点からの変位を3成分で表したものを変位ベクトルと呼ぶ。成分の並びは慣習に従い、第1成分が $x$ 軸方向、第2成分が $y$ 軸方向、第3成分が $z$ 軸方向の変位に対応するものとする。
この第2成分・第3成分のゼロは、「無視されている」あるいは「存在しない」という消極的な意味ではない。我々が今、$x$ 軸方向の運動だけに注目し、他の成分を測定対象から意図的に除外しているという積極的な選択の結果なのである。
この「物理学者としての3次元」という見方が、$dx$ が積分記号の末尾につくおまけではない、という視点を与えてくれる。次節では、この視点から $dx$ を「微小量」から「行列」あるいは「演算子」へと読み直していく。
注(本書の立場)
本書はあくまで、初等微分積分学とベクトル解析をほどき直すための本である。一般次元の微分形式を体系的に展開する本ではない。
したがって、最後まで基本的には3次元デカルト座標 $(x,y,z)$ に固定し、線形代数学として最も素直な表現——行列表現——を採用する。本書で用いる $dx,dy,dz$ は、この座標系において成分を取り出す具体的な行列として定義する。
まずは「3次元・デカルト・行列」という素直な道具立ての中で、具体的なシンボルとその操作として、また微小量の誤魔化しなくベクトル解析を身体に染み込ませることが狙いである。
注(デカルト座標の呼称について)
本書の「デカルト座標」とは、正規直交座標系(原点が一致し、各軸が互いに直交し、間隔が等間隔である座標系)を指す。数学や他書籍では「ユークリッド空間上の直交直線座標」「デカルト座標系」などとも呼ばれるが、本書では単に「デカルト座標」と呼ぶ。
注(第III部での拡張)
ただし第III部では、必要に応じて曲線座標や高次元への拡張にも触れる。
§1.1 リーマン和と行列の積
前節で、物理的な微小変位を縦ベクトル $\mathbf{v}$ として捉え直した。§1.0 と同じく
$$\mathbf{v} = \begin{pmatrix} \Delta x \\ 0 \\ 0 \end{pmatrix}$$である。この視点を持って、今度は高校以来慣れ親しんだリーマン積分のプロセスを書き直し、「行列としての $dx$」がどのような見方を与えるかを見てみよう。
注(転置の記法について)
数学や他文献では、紙面の都合で縦ベクトルを横に寝かせ、右上に ${}^T$ を添えて表すことがある。たとえば $(\Delta x,\Delta y,\Delta z)^T$ のような書き方である。本書では、この紙面都合の転置記号をできるだけ避ける。縦ベクトルは縦に、横ベクトルは横に書く。もし例外的に ${}^T$ が出てきたときは、何かしらの意図がある転置操作だと読んでほしい。
1.1.1 リーマン和の標準的構成(復習)
関数 $f(x)$ の区間 $[a, b]$ における定積分は、次のように定義される(高校数学で言うと区分求積法だ)。
注 (閉区間)記号 $[a,b]$ は、端点 $a$ と $b$ を両方含む閉区間($a \le x \le b$ の実数 $x$ の集合)を表す。
- 区間を $n$ 個の小区間に分割: $a = x_0 < x_1 < \cdots < x_n = b$
- 小区間の幅を $\Delta x_i = x_i - x_{i-1}$
- 各小区間 $[x_{i-1}, x_i]$ の中から代表点 $\xi_i$ を1つ選ぶ
- リーマン和 $R_n := \sum_{i=1}^n f(\xi_i) \Delta x_i$ を作る(この $n$ 分割に対する和を $R_n$ と書く)
- 分割を細かくする極限をとる(厳密には、小区間の幅の最大値が $0$ に近づく。分割数 $n$ だけを大きくしても幅が残る取り方がありうるので、より進んだ数学ではこちらを重視する。以下の $\lim_{n\to\infty} R_n$ は、この条件を満たす分割の取り方を前提にしている): $\int_a^b f(x)\,dx = \lim_{n\to\infty} R_n$
この教科書的な説明では、「微小な幅 $\Delta x_i$」がそのまま小さくなったものが$dx$と読める。しかし、我々はもう一歩踏み込めるはずだ。
1.1.2 小区間ごとの変位
第 $i$ 小区間 $[x_{i-1}, x_i]$ における変位は、§1.0 の変位ベクトルを、その区間の幅に合わせて
$$\mathbf{v}_i = \begin{pmatrix} \Delta x_i \\ 0 \\ 0 \end{pmatrix}$$と書く。添字 $i$ は「第 $i$ 小区間の分」という意味だけで、$\mathbf{v}_i$ もまた変位ベクトルである。今は直線運動を考えているので $y,z$ 成分はゼロだが、それは条件ではなく結果としてゼロになっているだけだ。
1.1.3 $dx$ の登場 — 本書最大の特徴としての「断言」
さて、本書では $dx$ という記号に次のような意味を与える。大胆で奇妙に思えるかもしれないが、これが本書最大の特徴でもある——ここでは $dx$ を次の $1\times 3$ 行列だと断言する。
すなわち、横ベクトル($1\times 3$ 行列として成分を横に並べて書く)として
$$ dx := \begin{pmatrix} 1 & 0 & 0 \end{pmatrix} $$
と定義する。
そして、実はこれは標準的な考え方から外れた独自記法ではない。標準的な線形代数・テンソル解析・多様体論で現れる対象を、$\mathbb R^3$ の標準座標に固定して、最初から行列として書き下したものである。詳しくは、すぐ下の注釈で示しておく。
より進んだ数学に詳しい読者向けに釈明しておくと、これは入力された縦ベクトルから $x$ 成分だけを抜き出して返す線形演算子の行列表現であり、$\mathbb R^3$ の標準座標における $dx$ の表示である。
注($dx = (1\ 0\ 0)$ と教科書との対応)
この表記は通常の教科書ではあまり前面に出てこないが、実は暗に含まれている。
ベクトル解析を学んだ読者へ
スカラー値関数 $f:\mathbb R^3\to\mathbb R$ の勾配は $\nabla f = \begin{pmatrix}\frac{\partial f}{\partial x} \\ \frac{\partial f}{\partial y} \\ \frac{\partial f}{\partial z}\end{pmatrix}$ である。この転置 $(\nabla f)^T = (\frac{\partial f}{\partial x}\ \frac{\partial f}{\partial y}\ \frac{\partial f}{\partial z})$ は $1\times3$ の横ベクトル(行ベクトル)であり、$f=x$ と置けば $(\nabla x)^T = (1\ 0\ 0)$ となる。デカルト座標においては、実はこの勾配の転置こそが $dx$ である。
テンソル解析を学んだ読者へ
$dx^i$ は座標基底 $\frac{\partial}{\partial x^j}$ の双対基底なので、$dx^i\left(\frac{\partial}{\partial x^j}\right)=\delta^i_j$ である。したがって、デカルト座標で横ベクトル(行ベクトル)表示すれば $dx^1=(1\ 0\ 0)$, $dx^2=(0\ 1\ 0)$, $dx^3=(0\ 0\ 1)$ である。
多様体論に詳しい読者へ
$df_p:T_p\mathbb R^3\to\mathbb R$, $df_p(v)=v(f)$, $dx^i_p(v)=v(x^i)$ である。標準座標で $v=v^i\frac{\partial}{\partial x^i} \longmapsto \begin{pmatrix}v^1\\v^2\\v^3\end{pmatrix}$ と表せば $dx^1_p(v)=v^1$, $dx^2_p(v)=v^2$, $dx^3_p(v)=v^3$ となる。すなわち、標準座標表示では $dx^1_p\longmapsto(1\ 0\ 0)$, $dx^2_p\longmapsto(0\ 1\ 0)$, $dx^3_p\longmapsto(0\ 0\ 1)$ である。
変位ベクトル $\mathbf{v}_i$ に左から掛けると
$$ dx\,\mathbf{v}_i = \begin{pmatrix} 1 & 0 & 0 \end{pmatrix} \begin{pmatrix} \Delta x_i \\ 0 \\ 0 \end{pmatrix} = \Delta x_i $$となる。ここで「$dx$ が変位ベクトル $\mathbf{v}_i$ を食べてスカラー $\Delta x_i$ を吐く」というイメージを、関数の値のように書くことにする:
$$ dx(\mathbf{v}_i) := dx\,\mathbf{v}_i = \Delta x_i $$本書では、しばしばこの $dx(\mathbf{v})$ の形で「横ベクトル $dx$ が縦ベクトル $\mathbf{v}$ に作用する」と強調する。何度繰り返しても強調しすぎることはない。
注(演算子・作用素・関数・写像の呼び分け)
この $dx(\mathbf{v})$ を演算子と呼ぶか作用素と呼ぶか関数と呼ぶか写像と呼ぶかは、文献によってさまざまな流儀がある。筆者は演算子と呼ぶことを好むので、この先も演算子と呼ぶことが多いだろう。
リーマン和に現れる $\Delta x_i$ は、「1次元の謎の微小量」ではない。3次元空間の中での変位ベクトル $\mathbf{v}_i$ に対し、上の行列としての $dx$ が $x$ 成分だけを抜き出した結果である。
つまり
$$ \Delta x_i = dx(\mathbf{v}_i) $$である。
これが決定的な瞬間だ:
- 左辺:$dx(\mathbf{v}_i)$ は、行列 $dx$ が変位ベクトル $\mathbf{v}_i$ に作用する代数的操作
- 右辺:従来のリーマン和に現れる「小区間の幅 $\Delta x_i$」
つまり $\Delta x_i$ は、1次元の謎の微小変位ではなく、3次元の微小変位 $\mathbf{v}_i$ から $x$ 方向の成分だけを取り出した $dx(\mathbf{v}_i)$ である。
注(成分並びの約束)
横ベクトル(行)や行成分の略記は $(1\ 0\ 0)$ のようにコンマを打たず、成分の間だけを区切って書く。$(1, 0, 0)$ のようにコンマのあとにスペースを入れる書き方は座標(点の位置など)を強調するときに用い、行列・横ベクトルの略記には使わない。
この一行が分かれば、積分記号の末尾にある $dx$ の見え方が変わる。次に、通常のリーマン和をこの記法で書き直してみよう。
1.1.4 リーマン和のベクトル再解釈と積分記号
この視点でリーマン和を書き直すと、
$$ R_n = \sum_{i=1}^n f(\xi_i)\,dx(\mathbf{v}_i) $$となる。ここで
$$ dx(\mathbf{v}_i)=\Delta x_i $$だから、これは通常のリーマン和
$$ R_n = \sum_{i=1}^n f(\xi_i)\,\Delta x_i $$と同じものである。
しかし、この書き方にはもう一つの読み方がある。各小区間で、関数値 $f(\xi_i)$ を測定器 $dx$ に掛けた横ベクトル
$$ \bigl(f(\xi_i)\,dx\bigr) := f(\xi_i)\,dx = \begin{pmatrix} f(\xi_i) & 0 & 0 \end{pmatrix} $$を考える。この横ベクトルを変位ベクトル $\mathbf{v}_i$ に作用させると、
$$ \bigl(f(\xi_i)\,dx\bigr)(\mathbf{v}_i) = f(\xi_i)\,dx(\mathbf{v}_i) = f(\xi_i)\,\Delta x_i $$となる。つまり、リーマン和の各項そのものが得られる。
したがって、リーマン和は
$$ R_n = \sum_{i=1}^n \bigl(f(\xi_i)\,dx\bigr)(\mathbf{v}_i) $$とも読める。
分割を無限に細かくする極限では、つまり幅の最大値が $0$ に近づく極限では、リーマン積分の定義より
$$ \int_a^b f(x)\,dx = \lim_{n\to\infty} R_n = \lim_{n\to\infty} \sum_{i=1}^n \bigl(f(\xi_i)\,dx\bigr)(\mathbf{v}_i) $$となる。
左辺の $\int_a^b f(x)\,dx$ は、高校以来おなじみの積分記号そのものである。すなわち、上の手順で書いた $\lim_{n\to\infty}R_n$ と同じ量だ。
右辺は、各小区間で「測定器 $f(\xi_i)\,dx$ を変位ベクトル $\mathbf{v}_i$ に作用させた値」を足し上げたものの極限という、同じ積分の別顔だ。
つまり、積分記号の末尾にある $dx$ は、単なる飾りではない。少なくともこの読み方では、各小区間の変位ベクトルから $x$ 方向の幅を取り出す測定器として働いている。そして $f(x)\,dx$ は、その測定器に関数の値を掛けた、新しい横ベクトルとして読める。
注(仕事の積分)
力学で現れる $W=\int F(x)\,dx$ も、同じ読み方ができる。各小区間では、横ベクトル $F(\xi_i)\,dx$ が変位ベクトル $\mathbf v_i$ を食べて $F(\xi_i)\Delta x_i$ を返す。その和の極限が仕事である。
1.1.5 一次形式($1$-form)
ここまで、我々は $dx$ を「変位ベクトルに作用して特定の成分を抽出し、スカラー(実数)を返す横ベクトル」として定義してきた。このような、ベクトルを食べてスカラーを吐き出す線形な測定器のことを、専門的には一次形式($1$-form)と呼ぶ。本稿で「行列としての $dx$」と呼んできたものは、まさにこの一次形式に他ならない。
注 (余ベクトルという用語)数学者は 一次形式($1$-form) の別名として 余ベクトル(covector)と呼ぶ流儀をとることもよくある。他書を読むときの辞書として、頭の片隅に置いておけばよい。
命名の由来は単純だ:
- 「一次」:変位ベクトルを一次(線形)に処理するから
- 「形式」:「測定の形式」「作用の形式」を意味する
これ以降、この測定器のことを「行列」とも「一次形式($1$-form)」とも、演算子とも呼ぶことにする。いずれの呼び方も、同じものを指している。
注(行列・一次形式・測定器という呼び分け)
繰り返すが、本書の立場では、これらは同じ配列で表される。したがって本書を通して必要に応じて「行列」「一次形式」「測定器」と呼び分ける。
1.1.6 本書の記号契約
本書では、$dx$ を単独で「微小な変位」や「微小変化」の意味には用いない——変位の幅と測定器(横ベクトル)を混同しないために、次のように約束する。$x$ 方向の(微小)変位の大きさは $\Delta x$ を使うか、変位ベクトル $\mathbf{v}$ を明示して $dx(\mathbf{v})$ と書く。
一方、単独で現れる $dx$ は、$x$ 成分を抜き出す横ベクトル(一次形式)としての演算子を指す。式 $df = f'(x)\,dx$ のように並ぶ $dx$ も、常に演算子として読む。この区別を徹底することが、以降のすべての理解の土台となる。
以降、積分記号 $\int_a^b f(x)\,dx$ の末尾の $dx$ は、高校以来の慣用記法として残すが、積分記号の外では必ず $dx(\mathbf{v})$ の形で示し、変位や微小幅を語る本文では $\Delta x$ か $dx(\mathbf{v})$ に揃え、裸の $dx$ には幅や変化量のイメージを載せない。
注 (文献における $dx$ の用法)物理学者は変位の成分そのものを $dx$ と書く慣習もよく使う。しかし、本書の記法に慣れると、測定器としての $dx$ と変位のスカラーを切り分けた読みがしやすくなる——より進んだ本では、その区別がそのまま効いてくる。
次節では、この視点を関数の微分へと拡張し、全微分 $df$ を行列として定義していく。
【ここまでのチェックポイント】
- 微小変位は縦ベクトル $\mathbf{v}$。$\Delta x$ はスカラー幅であり、単独の $dx$ は横ベクトル(一次形式)としての演算子である。
- デカルトの $dy$, $dz$ は次節 §1.2.3で置く(§1.1.6 の $dx$ と同じ考え方の一次形式)。$\Delta y$, $\Delta z$ や $dy(\mathbf{v})$, $dz(\mathbf{v})$ との区別は §1.1.6 の記号契約に沿う。
- リーマン和の各項は $(f\,dx)(\mathbf{v}_i)$ の形で、積分はその極限として理解できる。
- 積分記号 $\int_a^b f(x)\,dx$ の末尾の $dx$ は慣用記法であり、変位そのものは $\Delta x$ や $dx(\mathbf{v})$ で書く(§1.1.6 の契約)。
§1.2 全微分 $df$ — 変化率を行列にまとめた演算子
前節では、リーマン積分を「行列 $f(x)\,dx$ の変位ベクトルへの作用の和の極限」として解体した。この節では、その考え方を関数自体の微分へと拡張し、全微分 $df$ を横ベクトル(行列)として定義する。「微分」は、単なる数値の変化率ではなく、変位ベクトルに掛けて初めて「変化量の一次部分」が出てくる演算子として扱う。
1.2.1 微分可能性の行列表現
関数 $f(x)$ が点 $x$ で微分可能であるとは、次の一次近似が成り立つことである:
$$\Delta f = f(x + \Delta x) - f(x) = f'(x) \Delta x + o(|\Delta x|) \quad (|\Delta x| \to 0)$$注 (ランダウのオーダー記法)$o(|\Delta x|)$ はランダウのオーダー記法である。$\Delta x \to 0$ のとき、$o(|\Delta x|)$ でまとめて書いた量は $|\Delta x|$ よりずっと速くゼロに近づく余りを意味し、主項 $f'(x)\Delta x$ に比べれば無視してよいほど小さい、という約束である。理工系の専門書ではよく出るが、初めて見る読者もいるかもしれない。
ここで $\Delta x$ はスカラーだが、我々はこれを前節同様、3次元の変位ベクトルとして捉え直す:
$$\mathbf{v} = \begin{pmatrix} \Delta x \\ 0 \\ 0 \end{pmatrix}$$すると、関数の変化 $\Delta f$ は、この $\mathbf{v}$ によって引き起こされる効果と見なせる。
1.2.2 $df$ の行列としての定義と $df(\mathbf{v})$
点 $x$ における関数 $f$ の全微分 $df$ を、次の $1 \times 3$ 横ベクトルとして定義する:
$$df := f'(x) \, dx = \begin{pmatrix} f'(x) & 0 & 0 \end{pmatrix}$$この $df$ を変位 $\mathbf{v}$ に作用させた結果を、前節と同様に $df(\mathbf{v})$ と書く:
$$df(\mathbf{v}) = \begin{pmatrix} f'(x) & 0 & 0 \end{pmatrix} \begin{pmatrix} \Delta x \\ 0 \\ 0 \end{pmatrix} = f'(x)\,\Delta x$$重要な認識の転換(常に次のように読む):
- 式 $df = f'(x)\,dx$ は、微積分でおなじみの全微分の記法だが、本書では $df$ も $dx$ も演算子としての横ベクトルであり、単体では微小変化量ではない、と読む。
- $df(\mathbf{v})$ と書いたときは、有限の(ただし十分小さい)変位 $\mathbf{v}$ に対する一次近似としての変化量を意味する。
$df$ それ自体は変化量ではない。変化量の一次部分を測定する「測定器」なのである。
注 ($df$ は演算子、$df(\mathbf{v})$ が変化量)§1.1.6 の記号契約と同じ区別を、ここでもう一度述べる。くどいと感じるかもしれないが、ここを誤読すると以降すべてがずれるので、繰り返しに価値がある。
1.2.3 $y$ 方向と $z$ 方向の測定器 $dy$, $dz$
この視点の強みを、§1.1.5 の力学の例に戻せば、力が $y$ 方向にも成分を持つ一般的な場合に自然に拡張できる点だ。 いま定める $dy$を使えば、$F_x dx + F_y dy$ という形で2次元の仕事を統一的に扱える。 $dx$ が $x$ 成分を抜き出すのと同様に、実空間では $dy$ は $y$ 成分、$dz$ は $z$ 成分を抜き出す横ベクトル(一次形式)と定める。行列表現は
$$dy := \begin{pmatrix} 0 & 1 & 0 \end{pmatrix}, \qquad dz := \begin{pmatrix} 0 & 0 & 1 \end{pmatrix}$$である。変位 $\mathbf{v} = \begin{pmatrix} \Delta x \\ \Delta y \\ \Delta z \end{pmatrix}$ に対して $dy(\mathbf{v}) = \Delta y$, $dz(\mathbf{v}) = \Delta z$ となる。
注 ($dy$, $dz$ の契約)単独の $dy$, $dz$ は演算子であり、$y$ や $z$ の微小幅を語るときは $\Delta y$, $\Delta z$ または $dy(\mathbf{v})$, $dz(\mathbf{v})$ と書く。積分記号の末尾に並ぶ $dy$, $dz$ も、高校以来の慣用記法として $dx$ と同じ仕方で読めばよい。細部の約束は、§1.1.6 で $dx$ についてまとめた記号契約と同じ考え方を適用する。
3次元の空間には、三つの測定器がそろった。本章では説明の主線として $x$ 方向の断面に寄せてきたが、座標 $y,z$ と測定子 $dy,dz$ は最初からそろっている、と考えてほしい。 いま、一変数の $df=f'(x)\,dx$ に $dy$, $dz$ を同じ型の測定器として足しそろえた。以下の具体例と §1.2.6 での三次元への拡張で、この三つがどう効いてくるかを追う。
1.2.4 具体例: $f(x) = x^2$ の場合
$f(x) = x^2$ とする。$f'(x) = 2x$ である。
たとえば $x=3$ において全微分を具体的に書き下ろす。横ベクトルと縦ベクトルを並べて、
$$df = 6\,dx = \begin{pmatrix} 6 & 0 & 0 \end{pmatrix}, \qquad \mathbf{v} = \begin{pmatrix} 0.1 \\ 0 \\ 0 \end{pmatrix}$$であるから、行列の積は
$$df(\mathbf{v}) = \begin{pmatrix} 6 & 0 & 0 \end{pmatrix} \begin{pmatrix} 0.1 \\ 0 \\ 0 \end{pmatrix} = 6\cdot 0.1 + 0\cdot 0 + 0\cdot 0 = 0.6$$実際、$f(3.1) - f(3) = 9.61 - 9 = 0.61$ であり、一次近似 $0.6$ はよく一致している。
1.2.5 置換積分と測定器の作り替え
ここまで、$dx$ を「変位を測る測定器」として読んできた。
すなわち、$dx$ は単独の微小量ではない。変位ベクトルを食べて、その $x$ 成分を返す横ベクトルである。本書ではこの読み方を基本にする。
この読み方を持つと、高校以来おなじみの置換積分も、少し違って見える。
変数 $x$ が、別の変数 $t$ によって
$$ x=\gamma(t) $$と表されているとする。このとき、置換積分ではしばしば
$$ dx=\gamma'(t)\,dt $$のように書く。
通常の微積分では、この式は合成関数の微分から説明される。たとえば、$F'(x)=f(x)$ として、$F(\gamma(t))$ を $t$ で微分すると、
$$ \frac{d}{dt}F(\gamma(t)) = f(\gamma(t))\gamma'(t) $$となる。したがって、
$$ \int_{t_0}^{t_1} f(\gamma(t))\gamma'(t)\,dt = F(\gamma(t_1))-F(\gamma(t_0)) $$である。端点を
$$ x_0=\gamma(t_0),\qquad x_1=\gamma(t_1) $$と書けば、右辺は
$$ F(x_1)-F(x_0) = \int_{x_0}^{x_1} f(x)\,dx $$である。よって、
$$ \int_{x_0}^{x_1} f(x)\,dx = \int_{t_0}^{t_1} f(\gamma(t))\gamma'(t)\,dt $$が得られる。
ここまでは、標準的な置換積分の説明である。
しかし本書では、この式を少し違う目で見る。ここで現れた
$$ dx=\gamma'(t)\,dt $$は、単なる計算上の記号ではない。$x$ 側の測定器 $dx$ を、$t$ 側の測定器 $dt$ に作り替えた姿として読める。
$t$ が少し変わったとき、$x=\gamma(t)$ はその $\gamma'(t)$ 倍だけ変わる。だから、$t$ 側の小区間を食べたときに、$x$ 側の変位と同じ値を返す測定器を作るには、$dt$ に $\gamma'(t)$ を掛ける必要がある。
この見方を本格的に扱うのが、第4章の引き戻しである。
第4章では、いきなりこの式を天下りに使うのではなく、有限区間を写し、その像を測るところから、同じ係数 $\gamma'(t)$ を発見し直す。さらに同じ構造を、有限マス目、有限箱へ拡張する。
ここでは、置換積分の標準的な計算を一度だけ確認した。だが本書の本筋では、これを後に「測定器のつじつま合わせ」として読み直していく。
注($dx=\gamma'(t)\,dt$)
通常の微積分では、置換 $x=\gamma(t)$ に対して、この関係を $dx=\gamma'(t)\,dt$ と書く。
ただし本書の立場では、これは「$x$ 側の測定器 $dx$ そのものが $t$ 側へ移動した」という意味ではなく、写像 $\gamma:I\to\mathbb{R}$ に沿って、値域側の一次形式 $dx$ を定義域側へ引き戻した、という意味に読む。
より正確には、第4章で述べる引き戻しの記法を使って、$\gamma^\ast(dx)=\gamma'(t)\,dt$ と書くほうが安全である。つまり、左辺の $dx$ はもともと $x$ 側の変位を測る道具であり、右辺の $\gamma'(t)\,dt$ は、$t$ 側の変位を測って同じ一次変化を返すように作り直された道具である。
少なくとも本書の立場から見ると、この区別が隠れていることが、置換積分における $dx$ の説明を分かりにくくしている。
1.2.6 三次元への拡張
空間の各点 $(x,y,z)$ にスカラー(実数)を対応させる関数 $f$ は、実空間上の実数値関数として扱えばよい。
注 (スカラー場)物理学ではこのような関数をスカラー場と呼ぶことが多い。
その $f(x,y,z)$ が点 $(x,y,z)$ で(全)微分可能であるとは、変位 $\mathbf{v}=\begin{pmatrix}\Delta x\\\Delta y\\\Delta z\end{pmatrix}$ に対して
$$ \begin{aligned} \Delta f &= f(x+\Delta x,\,y+\Delta y,\,z+\Delta z) - f(x,y,z) \\ &= \frac{\partial f}{\partial x}\,\Delta x {}+ \frac{\partial f}{\partial y}\,\Delta y {}+ \frac{\partial f}{\partial z}\,\Delta z {}+ o(\|\mathbf{v}\|) \quad (\|\mathbf{v}\|\to 0) \end{aligned} $$が成り立つことである。§1.2.1 の1変数の定義と形式がそろっている。$o(\|\mathbf{v}\|)$ は余り項の略記($o(|\Delta x|)$ と同趣旨)であり、ここでは深追いしないが、理解に支障はないであろう。
§1.2.3 の測定器 $dx,dy,dz$ を使い、§1.2.2 と同じ型の演算子として
$$df := \frac{\partial f}{\partial x}\,dx + \frac{\partial f}{\partial y}\,dy + \frac{\partial f}{\partial z}\,dz = \begin{pmatrix} \frac{\partial f}{\partial x} & \frac{\partial f}{\partial y} & \frac{\partial f}{\partial z} \end{pmatrix}$$と定義する。いちばん初めの式にあった $o(\|\mathbf{v}\|)$ は、ここから数行では省略し、記号の骨格だけを追う。$\mathbf{v}=\begin{pmatrix}\Delta x\\\Delta y\\\Delta z\end{pmatrix}$ のとき、微分可能性の定義より $\Delta f = df(\mathbf{v}) + o(\|\mathbf{v}\|)$ である——すなわち $df(\mathbf{v})$ は厳密な変化量 $\Delta f$ そのものではなく、剰余を除いた一次(主)項である。以下ではその主項を行列の積で書き下ろす:
$$df(\mathbf{v}) = \frac{\partial f}{\partial x}\begin{pmatrix}1&0&0\end{pmatrix}\begin{pmatrix}\Delta x\\\Delta y\\\Delta z\end{pmatrix} + \frac{\partial f}{\partial y}\begin{pmatrix}0&1&0\end{pmatrix}\begin{pmatrix}\Delta x\\\Delta y\\\Delta z\end{pmatrix} + \frac{\partial f}{\partial z}\begin{pmatrix}0&0&1\end{pmatrix}\begin{pmatrix}\Delta x\\\Delta y\\\Delta z\end{pmatrix}$$ $$= \frac{\partial f}{\partial x}\,\Delta x + \frac{\partial f}{\partial y}\,\Delta y + \frac{\partial f}{\partial z}\,\Delta z.$$第一行は、§1.2.3 の測定器 $dx,dy,dz$ が行ベクトルとして $\mathbf{v}$ から $x,y,z$ 成分を抜き出し、偏導関数が係数としてかかる様子を行列の積で見せたものである。第二行はその評価結果であり、先の $\Delta f$ の定義式における線形主項と同じ形である。横ベクトル(演算子)× 縦ベクトル(変位)→ スカラーという §1.2.2 の読みが、三次元でも変わらない。
注 ($\Delta f$ の用法)本書では、文脈によって $\Delta f$ を厳密な差分 $f(p+\mathbf{v})-f(p)$ として使う場合と、剰余を落とした一次主項を指す略記として使う場合がある。厳密には微分可能性の定義では $\Delta f = df(\mathbf{v}) + o(\|\mathbf{v}\|)$ であり、$df(\mathbf{v})$ はその一次主項である。以後、一次近似だけを問題にする場面では、剰余項を省略して $\Delta f \approx df(\mathbf{v})$ の意味で扱うことがある。
座標が二つまでしか現れない $f(x,y)$ も、$z$ に依らなければ $\partial f/\partial z=0$ として上の枠に含めればよい——三次元に載せた枠組みが、素直に埋め込まれる。
見比べてみよう。 1変数では: $df := f'(x) dx = \begin{pmatrix} f'(x) & 0 & 0 \end{pmatrix}$ 2変数関数 $f(x, y)$ では(§1.2.3 の $dy$ を用いる): $df := \frac{\partial f}{\partial x} dx + \frac{\partial f}{\partial y} dy = \begin{pmatrix} \frac{\partial f}{\partial x} & \frac{\partial f}{\partial y} & 0 \end{pmatrix}$ 3変数 $f(x,y,z)$ では、§1.2.6 の式のとおり、横ベクトルの成分が三つそろうだけである。
このように、形式は同じで、ただ成分の個数が増える。これが$3$次元の行列表示の利点である。$df$ を行列と見なすことで、微分は「変位に対する線形近似を与える演算子」として統一的に扱える。
1.2.7 線積分の先取り
空間内の曲線をパラメータ $t$ で $\mathbf{r}(t)=\begin{pmatrix}x(t)\\y(t)\\z(t)\end{pmatrix}$ と表し、細かいステップの変位を $\Delta\mathbf{r}$ と書くとき、各ステップで $\bigl(df\bigr)(\Delta\mathbf{r})$ を足し上げる操作の極限を、記号では
$$\int_\gamma df$$の形で表す($\gamma$ は曲線)。§1.2.5 で見た $\int f'(x)\,dx$ と同じく、一次形式 $df$ が各ステップの変位に作用するリーマン和の極限という骨格である。閉曲線・向き・パラメータの取り換えなど、詳細な定式化は後の章に譲る。
【ここまでのチェックポイント】
- 微分可能性は $\Delta f = f'(x)\Delta x + o(|\Delta x|)$($o$ はランダウのオーダー記法)で表される一次近似として捉えられる。
- $df = f'(x)\,dx$ は横ベクトル;数値の変化量は $df(\mathbf{v})$ として読む。
- 置換積分の標準的な入口を一度だけ見るが、本書では「測定器のつじつま合わせ」として読み直す(§1.2.5)。
§1.3 ライプニッツの記法と代数的直感
ライプニッツが $dx$, $dy$ という記号を導入したとき、彼はこれらを「無限小」として直感的に扱った。
注 (ライプニッツと記号)ライプニッツ(Gottfried Wilhelm Leibniz, 1646–1716)は、$dx$, $dy$ など微積分の記号体系を整えた数学者である。以下では歴史の経緯には立ち入らず、記号を導入した人物として名前だけに触れる(記号 $dx$ 自体は慣れている読者も多いが、人名に心当たりがなければ、この一行で足りる)。
現代の我々は、その直感を線形代数の言葉で再配置したと言える。 ライプニッツの記法 $df = f'(x)dx$ は、単なる形式的等式ではない:
- $dx$:ライプニッツの無限小の直感 → 本書では 演算子としての $x$ 成分抽出(微小変位そのものを語るときは $\Delta x$ や $dx(\mathbf{v})$)。$dy$, $dz$ も §1.2.3 で $dx$ と同様に定義する。
- $df$:ライプニッツの無限小変化の直感 → 本書では 演算子としての全微分(数値の変化量は $df(\mathbf{v})$ などで)
ライプニッツの天才は、微分・積分が本質的に代数的操作であることを見抜いていた。我々は、彼の直感に行列という具体的な骨格を与えたに過ぎない。
次節では、この枠組みが依存している暗黙の前提——デカルト座標系の「使いやすさ」——を明らかにし、より一般的な座標への接続を示唆する。
【ここまでのチェックポイント】
- ライプニッツの $dx$、$df$ の直感は、本書ではいずれも「変位に作用する横ベクトル(演算子)」として再配置されている。
- 微小変化量を語るときは $\Delta x$ や $df(\mathbf{v})$ とし、記号の役割を混同しない。
§1.4 座標変換——測定器を別の目盛りに作り替える
注(この節の読み方)
この節は、多少分からなくても問題ない。ここで本当に理解してほしいのは、円柱座標の公式そのものではなく、「$dx$ を行列として見ると、座標を替えたときにも何か計算できそうだ」という雰囲気である。
繰り返すが、ここは雰囲気でよい。第4章にて、同じ考え方をもっと紙面を割いて扱う。そこでは、有限区間や有限マス目を実際に写し、その像を測るところから出発することで、「十分小さい」という仮定を必要とせず、測定器の作り替えをより整理して説明する。以下は、パラメータ空間での変化が十分に小さいとして、一次の項だけを取り出す。これは、従来の微積分や物理数学でよく使われる近似的な見方に寄せた説明である。
本章を通じて、我々は $dx$ の行列表現を
$$ dx:=\begin{pmatrix}1&0&0\end{pmatrix} $$と置いて議論してきた。これは、実空間をデカルト座標 $(x,y,z)$ で見ている限り、$x$ 成分を抜き出す測定器である。
しかし物理学の現実は、いつでも四角いとは限らない。円形パイプ内の流れや、直線電流の周りの磁場のような問題では、点を $(r,\theta,z)$ という数の組で指定する円柱座標を使ったほうが扱いやすい。
では、実空間の測定器 $dx$ は、円柱座標の目盛りではどう見えるのだろうか。
ここで大事なのは、「座標変換の公式を暗記する」ことではない。実空間の測定器を、別の変数の世界で同じ一次の値を返す測定器へ作り替えることである。
注(円柱座標の局所性)
ここでは、$\theta$ の周期性や $r=0$ の特異性は扱わず、局所的なパラメータ表示として計算する。
実際、円柱座標や球座標を用いる物理数学の計算では、積分範囲や対象領域を適切に取ることで、座標の特異点を避けて計算できる場合が多い。
ただし、原点や軸を含む領域、あるいは角度の周期性が本質的に効く問題では、この局所的な表示だけでは不十分になる。そのような場合には、座標パッチや境界条件をより慎重に扱う必要がある。
1.4.1 円柱座標から実空間への変換
円柱座標のパラメータ空間から、実空間への変換を
$$ \Phi(r,\theta,z) = \begin{pmatrix} r\cos\theta\\ r\sin\theta\\ z \end{pmatrix} $$と書く。
これは、パラメータ空間の点 $(r,\theta,z)$ を、実空間の点 $(x,y,z)$ に送る変換である。つまり、
$$ x=r\cos\theta,\qquad y=r\sin\theta,\qquad z=z $$である。
いま知りたいのは、実空間で $x$ 成分を測る測定器 $dx$ が、パラメータ空間側ではどのような測定器として見えるかである。
1.4.2 小さな一歩を写して $dx$ で測る
パラメータ空間の点
$$ p=(r,\theta,z) $$から、小さな一歩
$$ \mathbf{h} = \begin{pmatrix} \Delta r\\ \Delta\theta\\ \Delta z \end{pmatrix} $$だけ動くことを考える。
このとき、移動後の点は
$$ p+\mathbf{h} = (r+\Delta r,\theta+\Delta\theta,z+\Delta z) $$である。
ただし、この $\mathbf h$ は実空間の変位ベクトルではない。これは、円柱座標のパラメータ空間での変化量を並べたものである。
この小さな一歩を、変換 $\Phi$ によって実空間へ送る。実空間での変位は
$$ \Phi(p+\mathbf h)-\Phi(p) $$である。
成分で書けば、
$$ \Phi(r+\Delta r,\theta+\Delta\theta,z+\Delta z) - \Phi(r,\theta,z) = \begin{pmatrix} (r+\Delta r)\cos(\theta+\Delta\theta)-r\cos\theta\\ (r+\Delta r)\sin(\theta+\Delta\theta)-r\sin\theta\\ \Delta z \end{pmatrix} $$である。
このベクトルは、実空間における本当の変位である。
実空間の測定器 $dx$ は、実空間の変位ベクトルから $x$ 成分だけを抜き出す。したがって、いまの変位に $dx$ を作用させると、
$$ dx\bigl(\Phi(p+\mathbf h)-\Phi(p)\bigr) = (r+\Delta r)\cos(\theta+\Delta\theta)-r\cos\theta $$となる。
これは、「パラメータ空間で $\mathbf h$ だけ動いたとき、実空間の $x$ 成分がどれだけ変化したか」を測った値である。
1.4.3 一次項から測定器を作る
ここで、$\Delta r,\Delta\theta,\Delta z$ が小さいとして、一次の項だけを見る。
まず、
$$ \Delta x = (r+\Delta r)\cos(\theta+\Delta\theta)-r\cos\theta $$である。
一次近似を使うと、
$$ \cos(\theta+\Delta\theta) = \cos\theta-\sin\theta\,\Delta\theta + \text{高次の項} $$だから、
$$ \begin{aligned} \Delta x &= (r+\Delta r)\cos(\theta+\Delta\theta)-r\cos\theta\\ &= (r+\Delta r)(\cos\theta-\sin\theta\,\Delta\theta+\text{高次の項})-r\cos\theta\\ &= r\cos\theta +\cos\theta\,\Delta r -r\sin\theta\,\Delta\theta +\text{高次の項} -r\cos\theta\\ &= \cos\theta\,\Delta r -r\sin\theta\,\Delta\theta +\text{高次の項} \end{aligned} $$となる。
$\Delta z$ は $x$ 成分には影響しないので、一次の項としては
$$ \Delta x = \cos\theta\,\Delta r -r\sin\theta\,\Delta\theta +0\cdot\Delta z + \text{高次の項} $$である。
いま得られた一次項は
$$ \cos\theta\,\Delta r -r\sin\theta\,\Delta\theta +0\cdot\Delta z $$である。
これは、パラメータ空間の小さな一歩
$$ \mathbf h = \begin{pmatrix} \Delta r\\ \Delta\theta\\ \Delta z \end{pmatrix} $$に対して、次の横ベクトルを作用させた値に等しい。
$$ \begin{pmatrix} \cos\theta & -r\sin\theta & 0 \end{pmatrix} \begin{pmatrix} \Delta r\\ \Delta\theta\\ \Delta z \end{pmatrix} = \cos\theta\,\Delta r -r\sin\theta\,\Delta\theta +0\cdot\Delta z $$したがって、実空間の測定器 $dx$ を、円柱座標のパラメータ空間側で同じ一次の値を返す測定器として書き直すと、
$$ \begin{pmatrix} \cos\theta & -r\sin\theta & 0 \end{pmatrix} $$になる。
これが、円柱座標の目盛りで見た $dx$ の姿である。
注(大きな幾何を小さな幾何へ分ける)
多くの教科書では、実空間に $(r,\theta)$ の「曲がったグリッド」を描き込み、「$\theta$ 方向の弧の長さは約 $r\Delta\theta$」と幾何学的に説明する。この直感自体は正しい。
ただし本書では、まずパラメータ空間の小さな一歩を実空間へ写し、その像を測る、という代数的な手順を優先する。
係数 $-r\sin\theta$ は「$\theta$ 方向の一歩が実空間の $x$ 方向にどれだけ効くか」という情報を持っている。同様に、$\cos\theta$ は $r$ 方向が $x$ 方向にどれだけ効くかを、$0$ は $z$ 方向が $x$ 方向に効かないことを示している。
つまり $\begin{pmatrix}\cos\theta & -r\sin\theta & 0\end{pmatrix}$ という一行は、$x$ 成分の変化に関する幾何を、三つの小さな成分へ分解した姿なのである。
1.4.4 引き戻された測定器として読む
ここまでの計算は、次のように読める。
実空間の測定器 $dx$ は、実空間の変位を食べて $x$ 成分を返す。ところが、円柱座標で計算したいときには、入力されるのは実空間の変位そのものではなく、パラメータ空間の小さな一歩
$$ \begin{pmatrix} \Delta r\\ \Delta\theta\\ \Delta z \end{pmatrix} $$である。
そこで、パラメータ空間の小さな一歩を食べたときに、実空間で $dx$ が測った値と同じ一次の値を返す測定器を作る。
その測定器が
$$ \begin{pmatrix} \cos\theta & -r\sin\theta & 0 \end{pmatrix} $$であった。
測定器の数学では、この操作を引き戻しと呼ぶ。記号で書けば、
$$ \Phi^*(dx) = \cos\theta\,dr-r\sin\theta\,d\theta $$である。
ここで $dr,d\theta,dz$ は、パラメータ空間の変位
$$ \begin{pmatrix} \Delta r\\ \Delta\theta\\ \Delta z \end{pmatrix} $$から、それぞれ第1成分、第2成分、第3成分を取り出す測定器である。したがって、
$$ \cos\theta\,dr-r\sin\theta\,d\theta $$は、パラメータ空間側の横ベクトル
$$ \begin{pmatrix} \cos\theta & -r\sin\theta & 0 \end{pmatrix} $$を、測定器の記法で書いたものである。
つまり、
$$ \Phi^*(dx) = \begin{pmatrix} \cos\theta & -r\sin\theta & 0 \end{pmatrix} $$と読んでよい。ただし右辺は、円柱座標のパラメータ空間の変位
$$ \begin{pmatrix} \Delta r\\ \Delta\theta\\ \Delta z \end{pmatrix} $$を食べる横ベクトルである。
注(ここでは有限の一歩から作った)
ここでは、既知の公式として $dx=\frac{\partial x}{\partial r}dr+\frac{\partial x}{\partial\theta}d\theta+\frac{\partial x}{\partial z}dz$ をいきなり使ったのではない。
まず、パラメータ空間の小さな一歩を実空間へ写し、その像を実空間の $dx$ で測った。その一次の値と同じ値を返すように、パラメータ空間側の測定器を作ったのである。
第4章では、これと同じ考え方を有限区間、有限マス目、有限箱へ拡張する。そこで、区間の長さ、面積、体積を保つために測定器がどう作り替わるかを見る。
1.4.5 二つのデカルト座標
ここで、いま扱っている二つの数の組——実空間の $(x,y,z)$ と円柱座標のパラメータ空間 $(r,\theta,z)$——の関係をはっきりさせておこう。
実空間の $(x,y,z)$ は、通常のデカルト座標である。一方、$(r,\theta,z)$ も、計算用紙の上では三つの数を並べた座標である。$\theta$ は物理的には角度だが、パラメータ空間では一つの数直線として扱う。
つまり、実空間もパラメータ空間も、計算の上ではそれぞれ「まっすぐな成分」を持つ。ただし、その二つの空間を結ぶ変換 $\Phi$ が曲がっている。その曲がり方が、$\cos\theta$ や $-r\sin\theta$ という係数として現れる。
実空間の中に曲がった座標軸が生えている、と考えることもできる。しかし本書では、なるべくそう考えない。むしろ、
実空間とパラメータ空間という二つの場所があり、そのあいだに翻訳規則 $\Phi$ がある。
と考える。
この見方を取ると、測定器の作り替えはかなり単純になる。実空間の測定器を、変換 $\Phi$ を通してパラメータ空間側へ引き戻す。すると、実空間で測った値と同じ一次の値を、パラメータ空間の変位から直接読めるようになる。
注($dr$, $d\theta$, $dz$ の行列表現)
パラメータ空間もまた、計算上は三つの成分を持つ空間である。したがって、$dr$ はパラメータ空間の第1成分を抜く測定器、$d\theta$ は第2成分を抜く測定器、$dz$ は第3成分を抜く測定器である。
行列表現で書けば、$dr=\begin{pmatrix}1&0&0\end{pmatrix}$、$d\theta=\begin{pmatrix}0&1&0\end{pmatrix}$、$dz=\begin{pmatrix}0&0&1\end{pmatrix}$ である。ただし、これはパラメータ空間の変位に作用する測定器であり、実空間の $(x,y,z)$ に作用する $dx,dy,dz$ とは、載っている空間が違う。
1.4.6 第4章への伏線
このように、元の世界の測定器を、別の目盛りで同じ値を返すように作り替える操作が、引き戻しである。
第1章では、$dx$ という最も小さい測定器について、その一例を見たに過ぎない。しかし第4章では、同じ発想を面積と体積へ拡張する。
そこでは、
$$ dx\wedge dy $$のような面積測定器や、
$$ dx\wedge dy\wedge dz $$のような体積測定器を、別の変数の世界へ引き戻す。
そのとき現れる係数が、円柱座標でおなじみの $r$ や、一般の変数変換で現れるヤコビアン $J$ である。
つまり、第4章で出てくる
$$ \Phi^*(dx\wedge dy)=r\,dr\wedge d\theta $$や
$$ \Phi^*(dx\wedge dy\wedge dz)=J\,du\wedge dv\wedge dw $$は、いま見た
$$ \Phi^*(dx) = \cos\theta\,dr-r\sin\theta\,d\theta $$と同じ構造を持っている。
注(計量遅延の哲学)
ここで出てきた $\cos\theta$ や $-r\sin\theta$ は、のちに第6章で計量 $g$ と関係して整理される。ただし、現時点では「変換 $\Phi$ によって測定器の成分が作り替わった」と読めば十分である。
実空間に曲がった図形を描いて、弧の長さを $r\Delta\theta$ と見積もる発想も大切である。しかし本書では、まずパラメータ空間の小さな一歩を写し、その像を測る、という代数的な手順を優先する。この手順が、後の面積・体積の計算で効いてくる。
【ここまでのチェックポイント】
- $dx$ という測定器自体は実空間の $x$ 成分を抜き出す測定器である。
- 円柱座標で計算したいときは、実空間の測定器 $dx$ を、パラメータ空間側の測定器へ作り替える。
- パラメータ空間の小さな一歩を実空間へ写し、その像を $dx$ で測ることで、パラメータ空間側の測定器の成分が分かる。
- 円柱座標では、$\Phi^*(dx)=\cos\theta\,dr-r\sin\theta\,d\theta$ である。
- 第4章では、同じ考え方を面積測定器と体積測定器に拡張する。
§1.5 別の座標で書く——演習
本章の終盤で、読者自身の手で「別の座標で書くこと」を一度、計算として体験してもらう。ここではまだ座標系の取り替えを一般論として定義したわけではないが、§1.4.3 で見たように、同じ $dx$ でも座標の取り方で行列表現が変わることは既に述べた。この演習は、その感覚を手で確かめるためのものである。いま座標系の取り替えの厳密な言語を全部そろえるより先に、なぜ計算をしておきたいのか——それは、後の章で式が一気に忙しくなるときに、「成分が変わるのは当たり前」という腹落ちを持っておくためだ。
1.5.1 演習問題:円柱座標での測定
問題設定 前節で見た通り、円柱座標 $(r, \theta, z)$ における $dx$ の行列表示は以下のようになる:
$$ dx = \begin{pmatrix} \cos\theta & -r\sin\theta & 0 \end{pmatrix} $$(上の行は §1.4.3 で作った、パラメータ空間の変位に作用する横ベクトルであり、§1.1.3 のデカルト表示 $\begin{pmatrix}1&0&0\end{pmatrix}$ とは右に立てる縦ベクトルの意味が違う。)
このとき、次の問いに答えよ。
問1 円柱座標空間内の点 $P(r=2, \theta=\pi/6, z=0)$ に質点があるとする。この質点が、$r$ 方向に $0.1$ だけ微小変位した。この節では記号 $\mathbf{v}$ を、$r,\theta,z$ のパラメータの変化量を並べた $\begin{pmatrix}\Delta r\\\Delta\theta\\\Delta z\end{pmatrix}$ とする(§1.0–§1.2 のデカルト列 $\begin{pmatrix}\Delta x\\\Delta y\\\Delta z\end{pmatrix}$ とは別の並べ方である)。この変位ベクトル $\mathbf{v}$ を、その成分で表せ。
問2 問1の変位ベクトル $\mathbf{v}$ に対して、点 $P$ における行列 $dx$ を作用させよ。($\cos(\pi/6) = \sqrt{3}/2$ を用いよ)
問3 問2で計算した結果 $dx(\mathbf{v})$ は、物理的に何を意味しているか説明せよ。
1.5.2 解答と解説
問1の解答 変位は $r$ 方向に $0.1$、$\theta$ 方向と $z$ 方向にはゼロなので、円柱座標のパラメータの変化量を縦に並べたベクトルとして次のように書ける:
$$ \mathbf{v} = \begin{pmatrix} 0.1 \\ 0 \\ 0 \end{pmatrix} $$問2の解答 点 $P$ における行列 $dx$ は、$\theta = \pi/6,\ r=2$ を代入して得られる $1\times 3$ 行ベクトルとして
$$ dx = \begin{pmatrix} \cos(\frac{\pi}{6}) & -2\sin(\frac{\pi}{6}) & 0 \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} \frac{\sqrt{3}}{2} & -2 \times \frac{1}{2} & 0 \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} \frac{\sqrt{3}}{2} & -1 & 0 \end{pmatrix} $$と書く(円柱座標では $dx$ の成分は $r,\theta$ に依存するので、ここでは点 $P$ の座標で評価したあとを指す。$\mathbf{v}$ への作用の記号 $dx(\mathbf{v})$ 自体は §1.1.3 以来と同じである)。
重要なのは、第2成分は一般に $-r\sin\theta$ という係数であり、$r$ のおかげで長さの次元を持つことだ。$r=2,\;\theta=\pi/6$ と代入するとその係数の値として $-1$ が見えるが、数値の $-1$ そのものに次元が付いているのではない。行列の成分としての $-r\sin\theta$ が長さの次元を運んでいる、と読むのが正確である。これが次元解析の鍵となる。
これを変位ベクトル $\mathbf{v}$ に作用させると:
$$ dx(\mathbf{v}) = \begin{pmatrix} \frac{\sqrt{3}}{2} & -1 & 0 \end{pmatrix} \begin{pmatrix} 0.1\\ 0\\ 0 \end{pmatrix} = 0.1 \times \frac{\sqrt{3}}{2} \approx 0.0866 $$問3の解答(物理的意味) この結果は、「円柱座標において外側($r$方向)へ $0.1$ だけ進むという運動は、実空間の $x$ 軸方向から見ると約 $0.0866$ の前進に相当する」という物理的事実を表している。
注 (「約」と厳密一致)
この変位では $\Delta\theta=\Delta z=0$ なので、$x=r\cos\theta$ より $\Delta x=(\Delta r)\cos\theta$ が厳密に成り立つ。ここで「約」と書いたのは、小数表示 $0.0866$ に丸めたためである。
1.5.3 角度方向に動かした場合
同じ点 $P(r=2,\theta=\pi/6,z=0)$ で、今度は $\theta$ 方向に $0.1$ だけ動く場合も見ておこう。
このとき、円柱座標のパラメータ空間での変位は
$$ \mathbf{v} = \begin{pmatrix} 0\\ 0.1\\ 0 \end{pmatrix} $$である。点 $P$ における $dx$ は先ほどと同じく
$$ dx = \begin{pmatrix} \frac{\sqrt{3}}{2} & -1 & 0 \end{pmatrix} $$であるから、
$$ dx(\mathbf{v}) = \begin{pmatrix} \frac{\sqrt{3}}{2} & -1 & 0 \end{pmatrix} \begin{pmatrix} 0\\ 0.1\\ 0 \end{pmatrix} = -0.1 $$となる。
この場合、入力ベクトルの第2成分 $0.1$ は角度(無次元)だが、行列の第2列に対応する係数 $-r\sin\theta$ が長さの次元を運ぶため、積としての出力 $-0.1$ は長さの次元を持つ。
ここに一次形式の重要な性質がある。$dx$ の行列成分自体が $r$ を含む関数であり、入力が座標成分(次元がバラバラでも)であっても、出力は常に「$x$ 方向の長さ」という正しい物理的次元を持つように自動調整される。一次形式は、座標系の歪みを吸収し、物理的に意味のある測定値を出力する測定器なのである。
§1.6 本章のまとめと次章への展望
【ここまでのチェックポイント — 第1章全体】
- 第1章の主役は「$dx$ を行列・一次形式として読み、$\int f\,dx$ を作用の極限として読む」ことである。説明の主線は $x$ 方向に寄せたが、デカルトの測定器 $dy$, $dz$ は §1.2.3 で $dx$ と同様に定義済みである。
- $df$ も横ベクトルとして統一し、多次元への拡張は成分の増加として素直に繋がる。
- 次章以降は、これらの測定器のウェッジ積、外微分、ホッジスターへと拡張する。
本章では積分と $df$ の具体例の主線として $x$ 方向に寄せ、$y,z$ は多くの場面で「断面」として抑えてきた。とはいえ、実空間での一次形式は $dx$, $dy$, $dz$ の三つがそろっている(§1.2.3)。 次章では、この三つを組み合わせて面積測定器・体積測定器($2$-form, $3$-form)を作るウェッジ積(外積 $\wedge$)を導入し、ベクトルに作用してスカラーを返す型にとどまらない高次の微分形式へと進む。曲線・曲面・領域に沿った集計(線積分・面積分・体積分)は、それらの測定器を揃えた後の章で扱う。 その後の部では、微分演算子 $\mathrm{d}$、ホッジスター演算子 $\ast$、ベクトル解析の $\mathrm{grad}$($\nabla$)、$\mathrm{rot}$($\nabla\times$、$\mathrm{curl}$)、$\mathrm{div}$($\nabla\cdot$)、ストークスの定理、マクスウェル方程式や流体力学の基礎方程式へと進む。3次元での微分形式とベクトル場の対応は、ホッジスターで整理できる。
3次元ユークリッド空間の見え方を、少しずつ解きほぐしていこう。