ごあいさつ:かつての私への贈り物、あるいはSNS時代の予防線

この本は、大学生時代の筆者自身の疑問を解決するための本として、かつての筆者の前提知識を想定して書きました。

同時に、インターネット上に数学めいた文章を公開する以上、いくつかの予防線も必要でした。本書には、より進んだ立場の教科書なら最初に抽象化してしまうところを、あえて行列表示や有限セルの計算から始める箇所があります。

これはより進んだ立場を否定するためではありません。むしろ、いずれこの先の世界に立ち向かう際に恐れることなく頼りにできる具体的な道具、直観、そして「厳密さ」への嗅覚を養うことを目的としています。

詳しい問題設定は、次の「はじめに」で述べます。

さて、本題です。

みなさんは、$dx$ とは何かを説明できるでしょうか。

(歴史順と分かる順)

現代の読者は、行列、線型代数、微分形式、ベクトル解析を、すでに整備された道具として学ぶことができます。少なくとも筆者の受けた教育では、行列はまず、高校生時代に手で計算できる代数的な道具として現れました。しかし、実際の歴史では、これらの道具は互いに影響し合いながら、行きつ戻りつ発展してきたように見えます。そのため、教育現場にも歴史的経緯による混乱が残っているように筆者には思えます。本書は物理数学の歴史を再現する本ではありません。むしろ、現代の読者がすでに持っている行列代数の言葉を使って、多変数微積分とベクトル解析を別の順序でほどき直す試みという側面があります。

(注釈について)

本書には注釈が多くあります。読者によっては、本文の流れを止める不親切なものに見えるかもしれません。

しかし、本書では注釈に三つの役割を持たせています。

第一に、筆者自身のための予防線です。どこで省略し、どこで同一視し、この先にどのような厳密化があるのかを、本文の脇に少しだけ残しておくためです。

第二に、読者の嗅覚を養うためです。いまは完全には分からなくても、「ここには何かあるらしい」「この言い方には限界があるらしい」と感じておくことは、先へ進むときの助けになります。

第三に、ミステリ小説の回想のような効果です。最初は断片的にしか見えなかった注釈が、読み進めるにつれて少しずつ意味を持ち、あとから「あれはこのためだったのか」と分かる。そういう読み味も、少しだけ狙っています。

注釈は、すべてをその場で理解するためのものではありません。読めるところだけ拾って、分からないところは通り過ぎてもらって構いません。